なかつた。これ等の犯罪的天才は大抵《たいてい》は小説の主人公になり、更《さら》に又|所謂《いわゆる》壮士芝居の劇中人物になつたものである。僕はかういふ壮士芝居の中に「大悪僧《だいあくそう》」とか云ふものを見、一場《ひとば》々々の血なまぐささに夜も碌々《ろくろく》眠られなかつた。尤《もつと》もこの「大悪僧」は或はピストル強盗のやうに実在の人物ではなかつたかも知れない。
僕等はいつか埃《ほこり》の色をした国技館《こくぎくわん》の前へ通りかかつた。国技館は丁度《ちやうど》日光《につくわう》の東照宮《とうせうぐう》の模型《もけい》か何かを見世物《みせもの》にしてゐる所らしかつた。僕の通《かよ》つてゐた江東《かうとう》小学校は丁度《ちやうど》ここに建つてゐたものである。現に残つてゐる大銀杏《おほいてふ》も江東小学校の運動場の隅に、――といふよりも附属幼稚園の運動場の隅に枝をのばしてゐた。当時の小学校の校長の震災の為に死んだことは前に書いた通りである。が、僕はつい近頃やはり当時から在職してゐたT先生にお目にかかり、女生徒に裁縫《さいほう》を教へてゐた或女の先生も割《わ》り下水《げすゐ》に近い京極
前へ
次へ
全57ページ中47ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング