たちやま》や梅《うめ》ヶ谷《たに》の大関だつた時代に横綱を張つた相撲《すまふ》だつた。

     相生町

 本所《ほんじよ》警察署もいつの間《ま》にかコンクリイトの建物に変つてゐる。僕の記憶にある警察署は古い赤|煉瓦《れんぐわ》の建物だつた。僕はこの警察署長の息子《むすこ》も僕の友だちだつたのを覚えてゐる。それから警察署の鄰《となり》にある蝙蝠傘屋《かうもりがさや》も――傘屋の木島《きじま》さんは今日《こんにち》でも僕のことを覚えてゐてくれるであらうか? いや、木島さん一人《ひとり》ではない。僕はこの界隈《かいわい》に住んでゐた大勢《おほぜい》の友だちを覚えてゐる。しかし僕の友だちは長い年月《としつき》の流れるのにつれ、もう全然僕などとは縁のない暮らしをしてゐるであらう。僕は四五年|前《まへ》の簡閲点呼《かんえつてんこ》に大紙屋《おほがみや》の岡本《をかもと》さんと一しよになつた。僕の知つてゐた大紙屋は封建時代に変りのない土蔵《どざう》造りの紙屋である。その又薄暗い店の中には番頭や小僧が何人も忙《いそが》しさうに歩きまはつてゐた。が、岡本さんの話によれば、今では店の組織も変り、海外
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