かう云ふ僕の友だちと一しよに僕の記憶に浮んで来るのは僕等を教へた先生たちである。僕はこの「繁昌記《はんじやうき》」の中に一々そんな記憶を加へるつもりはない。けれども唯|一人《ひとり》この機会にスケツチしておきたいのは山田《やまだ》先生である。山田先生は第三中学校の剣道部と云ふものの先生だつた。先生の剣道は封建《ほうけん》時代の剣客《けんかく》に勝《まさ》るとも劣らなかつたであらう。何《なん》でも先生に学んだ一人《ひとり》は武徳会の大会に出、相手の小手《こて》へ竹刀《しなひ》を入れると、余り気合ひの烈《はげ》しかつた為に相手の腕を一打ちに折つてしまつたとか云ふことだつた。が、僕の伝へたいのは先生の剣道のことばかりではない。先生は又食物を減じ、仙人《せんにん》に成る道も修行してゐた。のみならず明治時代にも不老不死の術に通じた、正真紛《しやうじんまぎ》れのない仙人の住んでゐることを確信してゐた。僕は不幸にも先生のやうに仙人に敬意を感じてゐない。しかし先生の鍛煉《たんれん》にはいつも敬意を感じてゐる。先生は或時博物学教室へ行《ゆ》き、そこにあつたコツプの昇汞水《しようこうすゐ》を水と思つて飲
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