この中学校へ五年の間《あひだ》通《かよ》ひつづけた。当時の校舎も震災の為に灰になつてしまつたのであらう。が、僕の中学時代には鼠色のペンキを塗つた二階建の木造だつた。それから校舎のまはりにはポプラアが何本かそよいでゐた。(この界隈《かいわい》は土の痩《や》せてゐる為にポプラア以外の木は育ち悪《にく》かつたのである。)僕はそこへ通つてゐるうちに英語や数学を覚えた外《ほか》にも如何《いか》に僕等人間の情け無いものであるかを経験した。かう云ふのは僕の先生たちや友だちの悪口《わるぐち》を言つてゐるのではない。僕等人間と云ふうちには勿論僕のこともはひつてゐるのである。たとへば僕等は或友だちをいぢめ、彼を砂の中に生き埋めにした。僕等の彼をいぢめたのは格別理由のあつた訣《わけ》ではない。若し又理由らしいものを挙げるとすれば、唯彼の生意気《なまいき》だつた、――或は彼は彼自身を容易に曲《ま》げようとしなかつたからである。僕はもう五六年|前《ぜん》、久しぶりに彼とこの話をし、この小事件も彼の心に暗い影を落してゐるのを感じた。彼は今は揚子江《やうすこう》の岸に不相変《あひかはらず》孤独に暮らしてゐる。……
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