ち。」
女の子は僕等に返事をした後《のち》、聞えよがしにこんなことを言つた。
「みんな天神様のことばかり訊《き》くのね。」
僕はちよつと忌々《いまいま》しさを感じ、この如何《いか》にもこましやくれた十《とを》ばかりの女の子を振り返つた。しかし彼女は側目《わきめ》も振らずに(しかも僕に見られてゐることをはつきり承知してゐながら)矢張《やは》り毬《まり》をつき続けてゐた。実際支那人の言つたやうに「変らざるものよりして之を見れば」何ごとも変らないのに違ひない。僕も亦《また》僕の小学時代には鉄面皮《てつめんぴ》にも生薬屋《きぐすりや》へ行つて「半紙《はんし》を下さい」などと言つたものだつた。
「天神様」
僕等は門並《かどな》みの待合《まちあひ》の間《あひだ》をやつと「天神様《てんじんさま》」の裏門へ辿《たど》りついた。するとその門の中には夏外套を着た男が一人《ひとり》、何か滔々としやべりながら、「お立ち合ひ」の人々へ小さい法律書を売りつけてゐた。僕は彼の雄辯に辟易《へきえき》せずにはゐられなかつた。が、この人ごみを通りこすと、今度は背広を着た男が一人最新化学応用の目薬《めぐ
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