ゐた。僕は勿論かういふ話を尽《ことごと》く事実とは思つてゐない。けれども明治時代――或は明治時代以前の人々はこれ等の怪物を目撃《もくげき》する程この町中《まちなか》を流れる川に詩的恐怖を持つてゐたのであらう。
「今ではもう河童《かつぱ》もゐないでせう。」
「かう泥だの油だの一面に流れてゐるのではね。――しかしこの橋の下あたりには年を取つた河童の夫婦が二匹|未《いま》だに住んでゐるかも知れません。」
川蒸汽は僕等の話の中《うち》に廐橋《うまやばし》の下へはひつて行つた。薄暗い橋の下だけは浪の色もさすがに蒼《あを》んでゐた。僕は昔は渡し舟へ乗ると、――いや、時には橋を渡る時さへ、磯臭《いそくさ》い※[#「均のつくり」、第3水準1−14−75]《にほひ》のしたことを思ひ出した。しかし今日《こんにち》の大川の水は何《なん》の※[#「均のつくり」、第3水準1−14−75]も持つてゐない。若し又持つてゐるとすれば、唯泥臭い※[#「均のつくり」、第3水準1−14−75]だけであらう。……
「あの橋は今度出来る駒形橋《こまかたばし》ですね?」
O君は生憎《あいにく》僕の問に答へることは出来なかつた
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