ィ金を借して貰つたり、いろいろ豊島氏の世話になつた。豊島氏は鮭《さけ》が大好きである。この頃は毎日晩酌の膳《ぜん》に、生鮭《なまざけ》、塩鮭《しほざけ》、粕漬《かすづけ》の鮭なぞが、代る代る載《の》つてゐるかも知れない。僕はこの本をひろげる時には、そんな事も亦《また》思ふ事がある。が、バイロンその人の事は、殆《ほとんど》念頭に浮べた事がない。たまに思ひ出せば五六年以前に、マゼツパやドン・ジユアンを読みかけた儘、どちらも読まずにしまつた事だけである。どうも僕はバイロンには、縁《えん》なき衆生《しゆじやう》に過ぎないらしい。
かげ草
これは夢の話である。僕は夢に従姉《いとこ》の子供と、三越《みつこし》の二階を歩いてゐた。すると書籍部と札《ふだ》を出した台に、Quarto 版の本が一冊出てゐた。誰の本かと思つたら、それが森《もり》先生の「かげ草」だつた。台の前に立つた儘、好《い》い加減に二三枚あけて見ると、希臘《ギリシヤ》の話らしい小説が出て来た。文章は素直《すなほ》な和文だつた。「これは小金井《こがねゐ》きみ子女史の訳かも知れない。何時《いつ》か古今奇観《ここんきくわん》を
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