ばかり買うのでしょう。すると善い野菜が売れるかどうか……」
僕「お待ちなさいよ。それならばまず片輪のきめた善悪を疑う必要がありますね。」
老人「それは野菜を作る連中はたいてい疑っているのですがね。じゃそう云う連中に野菜の善悪を聞いて見ると、やはりはっきりしないのですよ。たとえばある連中によれば『善悪は滋養《じよう》の有無《うむ》なり』と云うのです。が、またほかの連中によれば『善悪は味《あじわい》にほかならず』と云うのです。それだけならばまだしも簡単ですが……」
僕「へええ、もっと複雑《ふくざつ》なのですか?」
老人「その味なり滋養なりにそれぞれまた説が分れるのです。たとえばヴィタミンのないのは滋養がないとか、脂肪のあるのは滋養があるとか、人参《にんじん》の味は駄目《だめ》だとか、大根の味に限るとか……」
僕「するとまず標準は滋養と味と二つある、その二つの標準に種々様々のヴァリエエションがある、――大体こう云うことになるのですか?」
老人「中々《なかなか》そんなもんじゃありません。たとえばまだこう云うのもあります。ある連中に云わせると、色の上に標準もあるのです。あの美学の入門
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