僕「ああ、その片輪の一人ですね。さっき髯《ひげ》の生えた盲《めくら》が一人、泥だらけの八《や》つ頭《がしら》を撫《な》でまわしながら、『この野菜の色は何とも云われない。薔薇《ばら》の花の色と大空の色とを一つにしたようだ』と云っていましたよ。」
 老人「そうでしょう。盲《めくら》などは勿論|立派《りっぱ》なものです。が、最も理想的なのはこの上もない片輪《かたわ》ですね。目の見えない、耳の聞えない、鼻の利《き》かない、手足のない、歯や舌のない片輪ですね。そう云う片輪さえ出現すれば、一代の Arbiter elegantiarum になります。現在人気物の片輪などはたいていの資格を具《そな》えていますがね、ただ鼻だけきいているのです。何でもこの間はその鼻の穴へゴムを溶かしたのをつぎこんだそうですが、やはり少しは匂《におい》がするそうですよ。」
 僕「ところでその片輪のきめた野菜の善悪はどうなるのです?」
 老人「それがどうにもならないのです。いくら片輪に悪いと云われても、売れる野菜はずんずん売れてしまうのです。」
 僕「じゃ商人の好みによるのでしょう?」
 老人「商人は売れる見こみのある野菜
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