僕「町にいる商人と云うと?」
老人「野菜の売買をする商人です。商人は田舎《いなか》の男女の育てた野菜畑の野菜を買う、近海の島々から来た男女はそのまた商人の野菜を買う、――と云う順序になっているのです。」
僕「なるほど、その商人でしょう、これは肥《ふと》った男が一人、黒い鞄《かばん》をかかえながら、『困る、困る』と云っているのを見ました。――じゃ一番売れるのはどう云う種類の野菜ですか?」
老人「それは神の意志ですね。どう云うものとも云われません。年々《ねんねん》少しずつ違うようですし、またその違う訣《わけ》もわからないようです。」
僕「しかし善いものならば売れるでしょう?」
老人「さあ、それもどうですかね。一体野菜の善悪は片輪《かたわ》のきめることになっているのですが、……」
僕「どうしてまた片輪などがきめるのです?」
老人「片輪は野菜畑へ出られないでしょう。従ってまた野菜も作れない、それだけに野菜の善悪を見る目は自他の別を超越《ちょうえつ》する、公平の態度をとることが出来る、――つまり日本の諺《ことわざ》を使えば岡目八目《おかめはちもく》になる訣《わけ》ですね。」
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