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「どうです、見物はすみましたか?」
 老人は気味の悪い微笑をしながら、僕の側へ腰をおろした。
 ここはホテルのサロンであろう。セセッション式の家具を並べた、妙にだだっ広い西洋室である。が、人影《ひとかげ》はどこにも見えない。ずっと奥に見えるリフトも昇《のぼ》ったり降《くだ》ったりしている癖に、一人も客は出て来ないようである。よくよくはやらないホテルらしい。
 僕はこのサロンの隅の長椅子に上等のハヴァナを啣《くわ》えている。頭の上に蔓《つる》を垂らしているのは鉢植えの南瓜《かぼちゃ》に違いない。広い葉の鉢を隠したかげに黄いろい花の開いたのも見える。
「ええ、ざっと見物しました。――どうです、葉巻は?」
 しかし老人は子供のようにちょいと首を振ったなり、古風な象牙《ぞうげ》の嗅煙草《かぎたばこ》入れを出した。これもどこかの博物館に並んでいたのを見た通りである。こう云う老人は日本は勿論《もちろん》、西洋にも今は一人もあるまい。佐藤春夫《さとうはるお》にでも紹介してやったら、さぞ珍重《ちんちょう》することであろう。僕は老人に話しかけた。
「町のそとへ一足《ひとあし》出ると、見
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