は大いに感心しながら、市街《まち》の上へ望遠鏡を移した。と同時に僕の口はあっと云う声を洩らしそうになった。
 鏡面には雲一つ見えない空に不二《ふじ》に似た山が聳えている。それは不思議でも何でもない。けれどもその山は見上げる限り、一面に野菜に蔽《おお》われている。玉菜《たまな》、赤茄子《あかなす》、葱《ねぎ》、玉葱《たまねぎ》、大根《だいこん》、蕪《かぶ》、人参《にんじん》、牛蒡《ごぼう》、南瓜《かぼちゃ》、冬瓜《とうがん》、胡瓜《きゅうり》、馬鈴薯《ばれいしょ》、蓮根《れんこん》、慈姑《くわい》、生姜《しょうが》、三つ葉――あらゆる野菜に蔽われている。蔽われている? 蔽わ――そうではない。これは野菜を積み上げたのである。驚くべき野菜のピラミッドである。
「あれは――あれはどうしたのです?」
 僕は望遠鏡を手にしたまま、右隣の老人をふり返った。が、老人はもうそこにいない。ただ籐の長椅子の上に新聞が一枚|抛《ほう》り出してある。僕はあっと思った拍子《ひょうし》に脳貧血か何か起したのであろう。いつかまた妙に息苦しい無意識の中に沈んでしまった。

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