《フランス》の野菜、独逸《ドイツ》の野菜、伊太利《イタリイ》の野菜、露西亜《ロシア》の野菜、一番学生に人気《にんき》のあるのは露西亜の野菜学の講義だそうです。ぜひ一度大学を見にお出でなさい。わたしのこの前参観した時には鼻眼鏡をかけた教授が一人、瓶《びん》の中のアルコオルに漬《つ》けた露西亜の古胡瓜《ふるきゅうり》を見せながら、『サッサンラップ島の胡瓜を見給え。ことごとく青い色をしている。しかし偉大なる露西亜の胡瓜はそう云う浅薄な色ではない。この通り人生そのものに似た、捕捉《ほそく》すべからざる色をしている。ああ、偉大なる露西亜の胡瓜は……』と懸河《けんが》の弁《べん》を振《ふる》っていました。わたしは当時感動のあまり、二週間ばかり床《とこ》についたものです。」
 僕「すると――するとですね、やはりあなたの云うように野菜の売れるか売れないかは神の意志に従うとでも考えるよりほかはないのですか?」
 老人「まあ、そのほかはありますまい。また実際この島の住民はたいていバッブラッブベエダを信仰していますよ。」
 僕「何です、そのバッブラッブ何とか云うのは?」
 老人「バッブラッブベエダです。BA
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