父に叛《そむ》かん乎、どうしたものでせう?」更に第二の手紙に曰《いはく》、「原稿至急願上げ候。」而して第三の手紙に曰《いはく》、「あなたの名前を拝借して××××氏を攻撃しました。僕等無名作家の名前では効果がないと思ひましたからどうか悪《あ》しからず。」第三の手紙を書ける人はどこの誰ともわからざる人なり。僕はかかる手紙を読みつつ、日々腹ぐすり「げんのしやうこ」を飲み、静かに生を養はんと欲す。不眠症の癒《い》えざるも当然なるべし。

 十一 僕は昨夜《ゆうべ》の夢に古道具屋に入り、青貝を嵌《は》めたる硯箱《すずりばこ》を見る。古道具屋の主人|曰《いはく》、「これは安土《あづち》の城にあつたものです。」僕|曰《いはく》、「蓋《ふた》の裏に何か横文字があるね。」主人|曰《いはく》、「これはジキタミンと云ふ字です。」安土《あづち》の城などの現はれしは「安土の春」を読みし為なるべし。こは寧《むし》ろ滑稽なれど、夢中にも薬の名の出づるは多少のはかなさを感ぜざる能《あた》はず。

 十二 僕の日課の一つは散歩なり。藤木川《ふぢきがは》の岸を徘徊《はいくわい》すれば、孟宗《まうそう》は黄に、梅花《ばいく
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