ち》と云う学校友だちの母親だった。彼女は桑を摘《つ》みに来たのか、寝間着に手拭《てぬぐい》をかぶったなり、大きい笊《ざる》を抱えていた。そうして何か迂散《うさん》そうに、じろじろ二人を見比べていた。
「相撲《すもう》だよう。叔母《おば》さん。」
金三はわざと元気そうに云った。が、良平は震《ふる》えながら、相手の言葉を打ち切るように云った。
「嘘つき! 喧嘩だ癖に!」
「手前こそ嘘つきじゃあ。」
金三は良平の、耳朶《みみたぶ》を掴《つか》んだ。が、まだ仕合せと引張らない内に、怖い顔をした惣吉の母は楽々《らくらく》とその手を※[#「てへん+毟」、第4水準2−78−12] 《も》ぎ離した。
「お前さんはいつも乱暴だよう。この間うちの惣吉の額《ひたい》に疵《きず》をつけたのもお前さんずら。」
良平は金三の叱られるのを見ると、「ざまを見ろ」と云いたかった。しかしそう云ってやるより前に、なぜか涙がこみ上げて来た。そのとたんにまた金三は惣吉の母の手を振り離しながら、片足ずつ躍るように桑の中を向うへ逃げて行った。
「日金山《ひがねやま》が曇った! 良平の目から雨が降る!」
―――
前へ
次へ
全12ページ中10ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング