百合
芥川龍之介

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)良平《りょうへい》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)今年|七歳《しちさい》の良平は

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「てへん+毟」、第4水準2−78−12] 
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 良平《りょうへい》はある雑誌社に校正の朱筆《しゅふで》を握っている。しかしそれは本意ではない。彼は少しの暇さえあれば、翻訳《ほんやく》のマルクスを耽読《たんどく》している。あるいは太い指の先に一本のバットを楽しみながら、薄暗いロシアを夢みている。百合《ゆり》の話もそう云う時にふと彼の心を掠《かす》めた、切れ切れな思い出の一片《いっぺん》に過ぎない。

 今年|七歳《しちさい》の良平は生まれた家の台所に早い午飯《ひるめし》を掻《か》きこんでいた。すると隣の金三《きんぞう》が汗ばんだ顔を光らせながら、何か大事件でも起ったようにいきなり流し元へ飛びこんで来た。
「今ね、良ちゃん。今ね、二本芽《にほんめ》の百合《ゆ
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