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その翌日は夜明け前から、春には珍らしい大雨《おおあめ》だった。良平《りょうへい》の家《うち》では蚕に食わせる桑の貯《たくわ》えが足りなかったから、父や母は午頃《ひるごろ》になると、蓑《みの》の埃《ほこり》を払ったり、古い麦藁帽《むぎわらぼう》を探し出したり、畑へ出る仕度《したく》を急ぎ始めた。が、良平はそう云う中にも肉桂《にっけい》の皮を噛《か》みながら、百合《ゆり》の事ばかり考えていた。この降りでは事によると、百合の芽も折られてしまったかも知れない。それとも畑の土と一しょに、球根《たま》ごとそっくり流されはしないか?……
「金三《きんぞう》のやつも心配ずら。」
良平はまたそうも思った。すると可笑《おか》しい気がした。金三の家は隣だから、軒伝《のきづた》いに行きさえすれば、傘《かさ》をさす必要もないのだった。しかし昨日《きのう》の喧嘩《けんか》の手前、こちらからは遊びに行きたくなかった。たとい向うから遊びに来ても、始《はじめ》は口一つ利《き》かずにいてやる。そうすればあいつも悄気《しょげ》るのに違いない。………(未完)
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