五年の百合《ゆり》には五つ花が出来、十年の百合には十《とお》花が出来る、――彼等はいつか年上《としうえ》のものにそう云う事を教えられていた。
「咲くさあ、十《とお》ぐらい!」
金三は厳《おごそ》かに云い切った。良平は内心たじろぎながら、云い訣《わけ》のように独り言を云った。
「早く咲くと好《い》いな。」
「咲くもんじゃあ。夏でなけりゃ。」
金三はまた嘲笑《あざわら》った。
「夏ねえ? 夏なもんか。雨の降る時分《じぶん》だよう。」
「雨の降る時分は夏だよう。」
「夏は白い着物を着る時だよう。――」
良平も容易に負けなかった。
「雨の降る時分は夏なもんか。」
「莫迦《ばか》! 白い着物を着るのは土用《どよう》だい。」
「嘘《うそ》だい。うちのお母さんに訊《き》いて見ろ。白い着物を着るのは夏だい!」
良平はそう云うか云わない内に、ぴしゃり左の横鬢《よこびん》を打たれた。が、打たれたと思った時にはもうまた相手を打ち返していた。
「生意気《なまいき》!」
顔色を変えた金三は力一ぱい彼を突き飛ばした。良平は仰向《あおむ》けに麦の畦《うね》へ倒れた。畦には露が下《お》りていたから、顔や
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