》も見せなかった。
「じゃわしもさわろうか?」
 やっと安心した良平は金三の顔色《かおいろ》を窺《うかが》いながら、そっと左の芽にさわって見た。赤い芽は良平の指のさきに、妙にしっかりした触覚《しょっかく》を与えた。彼はその触覚の中に何とも云われない嬉しさを感じた。
「おおなあ!」
 良平は独り微笑《びしょう》していた。すると金三はしばらくの後《のち》、突然またこんな事を云い始めた。
「こんなに好《い》いちんぼ芽じゃ球根《たま》はうんと大きかろうねえ。――え、良ちゃん掘って見ようか?」
 彼はもうそう云った時には、畦《うね》の土に指を突《つっ》こんでいた。良平のびっくりした事はさっきより烈《はげ》しいくらいだった。彼は百合の芽も忘れたように、いきなりその手を抑《おさ》えつけた。
「よしなさいよう。よしなさいってば。――」
 それから良平は小声になった。
「見つかると、お前さん、叱《しか》られるよ。」
 畑の中に生えている百合は野原や山にあるやつと違う。この畑の持ち主《ぬし》以外に誰も取る事は許されていない。――それは金三にもわかっていた。彼はちょいと未練そうに、まわりの土へ輪を描《か》い
前へ 次へ
全12ページ中6ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング