十文字《なかてじゅうもんじ》はもう縦横《たてよこ》に伸ばした枝に、二銭銅貨ほどの葉をつけていた。良平もその枝をくぐりくぐり、金三の跡《あと》を追って行った。彼の直《すぐ》鼻の先には継《つぎ》の当った金三の尻に、ほどけかかった帯が飛び廻っていた。
桑畑を向うに抜けた所はやっと節立《ふしだ》った麦畑だった。金三は先に立ったまま、麦と桑とに挟《はさ》まれた畔をもう一度右へ曲りかけた。素早い良平はその途端《とたん》に金三の脇《わき》を走り抜けた。が、三間と走らない内に、腹を立てたらしい金三の声は、たちまち彼を立止らせてしまった。
「何だい、どこにあるか知ってもしない癖に!」
悄気《しょげ》返った良平はしぶしぶまた金三を先に立てた。二人はもう駈《か》けなかった。互にむっつり黙ったまま、麦とすれすれに歩いて行った。しかしその麦畑の隅の、土手の築いてある側へ来ると、金三は急に良平の方へ笑い顔を振り向けながら、足もとの畦《うね》を指《さ》して見せた。
「こう、ここだよ。」
良平もそう云われた時にはすっかり不機嫌《ふきげん》を忘れていた。
「どうね? どうね?」
彼はその畦を覗《のぞ》きこんだ。
前へ
次へ
全12ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング