、己も「御主、助け給へ」と叫んだが、何故かその時心の眼には、凩《こがらし》に揺るる日輪の光を浴びて、「さんた・るちや」の門に立ちきはまつた、美しく悲しげな、「ろおれんぞ」の姿が浮んだと申す。
なれどあたりに居つた奉教人衆は、「ろおれんぞ」が健気《けなげ》な振舞に驚きながらも、破戒の昔を忘れかねたのでもござらう。忽《たちまち》兎角の批判は風に乗つて、人どよめきの上を渡つて参つた。と申すは、「さすが親子の情あひは争はれぬものと見えた。己が身の罪を恥ぢて、このあたりへは影も見せなんだ『ろおれんぞ』が、今こそ一人子の命を救はうとて、火の中へはいつたぞよ」と、誰ともなく罵りかはしたのでござる。これには翁《おきな》さへ同心と覚えて、「ろおれんぞ」の姿を眺めてからは、怪しい心の騒ぎを隠さうず為か、立ちつ居つ身を悶えて、何やら愚《おろか》しい事のみを、声高《こわだか》にひとりわめいて[#「わめいて」は底本では「わめいつて」]居つた。なれど当の娘ばかりは、狂ほしく大地に跪《ひざまづ》いて、両の手で顔をうづめながら、一心不乱に祈誓を凝《こ》らいて、身動きをする気色さへもござない。その空には火の粉が雨のや
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