うに降りかかる。煙も地を掃《はら》つて、面《おもて》を打つた。したが娘は黙然と頭を垂れて、身も世も忘れた祈り三昧《ざんまい》でござる。
 とかうする程に、再《ふたたび》火の前に群つた人々が、一度にどつとどよめくかと見れば、髪をふり乱いた「ろおれんぞ」が、もろ手に幼子をかい抱いて、乱れとぶ焔の中から、天《あま》くだるやうに姿を現《あらは》いた。なれどその時、燃え尽きた梁《うつばり》の一つが、俄《にはか》に半ばから折れたのでござらう。凄じい音と共に、一なだれの煙焔《えんえん》が半空《なかぞら》に迸《ほとばし》つたと思ふ間もなく、「ろおれんぞ」の姿ははたと見えずなつて、跡には唯火の柱が、珊瑚の如くそば立つたばかりでござる。
 あまりの凶事に心も消えて、「しめおん」をはじめ翁まで、居あはせた程の奉教人衆は、皆目の眩《くら》む思ひがござつた。中にも娘はけたたましう泣き叫んで、一度は脛《はぎ》もあらはに躍り立つたが、やがて雷《いかづち》に打たれた人のやうに、そのまま大地にひれふしたと申す。さもあらばあれ、ひれふした娘の手には、何時かあの幼い女の子が、生死不定《しやうじふぢやう》の姿ながら、ひしと
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