ざいますから、わたしは今日《きょう》伴《とも》もつれずに、早速一条戻り橋へ、その曝し首を見に参りました。
 戻り橋のほとりへ参りますと、もうその首を曝した前には、大勢《おおぜい》人がたかって居ります。罪状を記《しる》した白木《しらき》の札《ふだ》、首の番をする下役人《したやくにん》――それはいつもと変りません。が、三本組み合せた、青竹の上に載せてある首は、――ああ、そのむごたらしい血まみれの首は、どうしたと云うのでございましょう? わたしは騒々《そうぞう》しい人だかりの中に、蒼《あお》ざめた首を見るが早いか、思わず立ちすくんでしまいました。この首はあの男ではございません。阿媽港甚内の首ではございません。この太い眉《まゆ》、この突き出た頬《ほお》、この眉間《みけん》の刀創《かたなきず》、――何一つ甚内には似て居りません。しかし、――わたしは突然日の光も、わたしのまわりの人だかりも、竹の上に載せた曝《さら》し首も、皆どこか遠い世界へ、流れてしまったかと思うくらい、烈しい驚きに襲われました。この首は甚内ではございません。わたしの首でございます。二十年以前のわたし、――ちょうど甚内の命を助けた
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