びました。しかしそれはともかくも、調達の成否《せいひ》を聞かない内は、わたしの心も安まりません。すると甚内は云わない先に、わたしの心を読んだのでございましょう、悠々と胴巻《どうまき》をほどきながら、炉《ろ》の前へ金包《かねづつ》みを並べました。
「御安心なさい、六千貫の工面《くめん》はつきましたから。――実はもう昨日《きのう》の内に、大抵《たいてい》調達したのですが、まだ二百貫ほど不足でしたから、今夜はそれを持って来ました。どうかこの包みを受け取って下さい。また昨日《きのう》までに集めた金は、あなた方御夫婦も知らない内に、この茶室の床下《ゆかした》へ隠して置きました。大方《おおかた》今夜の盗人のやつも、その金を嗅《か》ぎつけて来たのでしょう。」
 わたしは夢でも見ているように、そう云う言葉を聞いていました。盗人に金を施《ほどこ》して貰う、――それはあなたに伺わないでも、確かに善い事ではございますまい。しかし調達が出来るかどうか、半信半疑の境《さかい》にいた時は、善悪も考えずに居りましたし、また今となって見れば、むげに受け取らぬとも申されません。しかもその金を受け取らないとなれば、わたし
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