り下さい。
ちょうど今から二年ばかり以前の、冬の事でございます。ずっとしけ[#「しけ」に傍点]ばかり続いたために、持ち船の北条丸《ほうじょうまる》は沈みますし、抛《な》げ銀は皆倒れますし、――それやこれやの重なった揚句《あげく》、北条屋一家は分散のほかに、仕方のない羽目《はめ》になってしまいました。御承知の通り町人には取引き先はございましても、友だちと申すものはございません。こうなればもう我々の家業は、うず潮に吸われた大船《おおぶね》も同様、まっ逆《さか》さまに奈落《ならく》の底へ、落ちこむばかりなのでございます。するとある夜、――今でもこの夜《よ》の事は忘れません。ある凩《こがらし》の烈しい夜《よる》でございましたが、わたし共夫婦は御存知の囲《かこ》いに、夜の更《ふ》けるのも知らず話して居りました。そこへ突然はいって参ったのは、雲水《うんすい》の姿に南蛮頭巾《なんばんずきん》をかぶった、あの阿媽港甚内《あまかわじんない》でございます。わたしは勿論驚きもすれば、また怒《いか》りも致しました。が、甚内の話を聞いて見ますと、あの男はやはり盗みを働きに、わたしの宅へ忍びこみましたが、茶室に
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