えている事は、多少想像が出来ないでもない。そう云えば病的な気がするくらい、米噛《こめか》みにも静脈《じょうみゃく》が浮き出している。
「ね、好《い》いでしょう。……いけなくて?」
「しかし前の部屋よりは、広くもあるし居心《いごころ》も好《い》いし、不足を云う理由はないんだから、――それとも何か嫌《いや》な事があるのかい?」
「何って事はないんですけれど。……」
女はちょいとためらったものの、それ以上立ち入っては答えなかった。が、もう一度念を押すように、同じ言葉を繰り返した。
「いけなくって、どうしても?」
今度は男が新聞の上へ煙草《たばこ》の煙を吹きかけたぎり、好《い》いとも悪いとも答えなかった。
部屋の中はまたひっそりになった。ただ外では不相変《あいかわらず》、休みのない雨の音がしている。
「春雨《はるさめ》やか、――」
男はしばらくたった後《のち》、ごろりと仰向《あおむ》きに寝転《ねころ》ぶと、独り言のようにこう云った。
「蕪湖《ウウフウ》住みをするようになったら、発句《ほっく》でも一つ始めるかな。」
女は何とも返事をせずに、縫物の手を動かしている。
「蕪湖《ウウフウ》も
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