さんのお追善《ついぜん》ですもの。ほら、放鳥《ほうちょう》って云うでしょう。あの放鳥をして上げるんだわ。文鳥だってきっと喜んでよ。――私には手がとどかないかしら? とどかなかったら、あなた取って頂戴《ちょうだい》。」
槐《えんじゅ》の根もとに走り寄った敏子は、空気草履《くうきぞうり》を爪立《つまだ》てながら、出来るだけ腕を伸ばして見た。しかし籠を吊した枝には、容易に指さえとどこうとしない。文鳥は気でも違ったように、小さい翼《つばさ》をばたばたやる。その拍子《ひょうし》にまた餌壺《えつぼ》の黍《きび》も、鳥籠の外に散乱する。が、男は面白そうに、ただ敏子を眺めていた。反《そ》らせた喉《のど》、膨《ふくら》んだ胸、爪先《つまさき》に重みを支えた足、――そう云う妻の姿を眺めていた。
「取れないかしら?――取れないわ。」
敏子は足を爪立《つまだ》てたまま、くるりと夫の方へ向いた。
「取って頂戴よ。よう。」
「取れるものか? 踏み台でもすれば格別だが、――何もまた放すにしても、今|直《すぐ》には限らないじゃないか?」
「だって今直に放したいんですもの、よう。取って頂戴よう。取って下さらなければ
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