り候。その時の私の悲しさ、重々《じゅうじゅう》御察し下され度《たく》、……」
「気の毒だな。」
男はもう一度ハムモックに、ゆらりと仰向《あおむ》けになりながら、同じ言葉を繰返した。男の頭のどこかには、未《いまだ》に瀕死《ひんし》の赤児が一人、小さい喘《あえ》ぎを続けている。と思うとその喘ぎは、いつかまた泣き声に変ってしまう。雨の音の間《あいだ》を縫った、健康な赤児の泣き声に。――男はそう云う幻《まぼろし》の中にも、妻の読む手紙に聴き入っていた。
「重々御察し下され度、それにつけてもいつぞや御許様《おんもとさま》に御眼《おんめ》にかかりし事など思い出《いだ》され、あの頃はさぞかし御許様にも、――ああ、いや、いや。ほんとうに世の中はいやになってしまう。」
敏子は憂鬱な眼を挙げると、神経的に濃い眉《まゆ》をひそめた。が、一瞬の無言の後《のち》、鳥籠《とりかご》の文鳥を見るが早いか、嬉しそうに華奢《きゃしゃ》な両手を拍った。
「ああ、好《い》い事を思いついた! あの文鳥を放してやれば好いわ。」
「放してやる? あのお前の大事の鳥をか?」
「ええ、ええ、大事の鳥でもかまわなくってよ。お隣の赤
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