豚の腹に、乳房《ちぶさ》を争っているかも知れない、――小鳥を見るのにも飽《あ》きた男は、そんな空想に浸《ひた》ったなり、いつかうとうと眠りそうになった。
「あなた。」
男は大きい眼を明いた。ハムモックの側に立っているのは、上海《シャンハイ》の旅館にいた時より、やや血色の好《い》い敏子《としこ》である。髪にも、夏帯にも、中形《ちゅうがた》の湯帷子《ゆかた》にも、やはり明暗の斑点を浴びた、白粉《おしろい》をつけない敏子である。男は妻の顔を見たまま、無遠慮に大きい欠伸《あくび》をした。それからさも大儀《たいぎ》そうに、ハムモックの上へ体を起した。
「郵便よ、あなた。」
敏子は眼だけ笑いながら、何本か手紙を男へ渡した。と同時に湯帷子《ゆかた》の胸から、桃色の封筒《ふうとう》にはいっている、小さい手紙を抜いて見せた。
「今日は私にも来ているのよ。」
男はハムモックに腰かけたなり、もう短い葉巻を噛み噛み、無造作《むぞうさ》に手紙を読み始めた。敏子もそこへ佇《たたず》んだまま、封筒と同じ桃色の紙へ、じっと眼を落している。
雍家花園《ようかかえん》の槐《えんじゅ》や柳は、午過ぎの微風に戦《そよ
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