したものですから、――ほんとうに夢のようでございました。」
「それも御出《おいで》て※[#「勹<夕」、第3水準1−14−76]々《そうそう》にねえ。何と申し上げて好《よ》いかわかりませんわ。」
 女の眼にはいつのまにか、かすかに涙が光っている。
「私なぞはそんな目にあったら、まあ、どうするでございましょう?」
「一時は随分《ずいぶん》悲しゅうございましたけれども、――もうあきらめてしまいましたわ。」
 二人の母は佇《たたず》んだまま、寂しそうな朝日の光を眺めた。
「こちらは悪い風《かぜ》が流行《はや》りますの。」
 女は考え深そうに、途切《とぎ》れていた話を続け出した。
「内地はよろしゅうございますわね。気候もこちらほど不順ではなし、――」
「参りたてでよくはわかりませんけれども、大へん雨の多い所でございますね。」
「今年は余計――あら、泣いて居りますわ。」
 女は耳を傾けたまま、別人のような微笑を浮べた。
「ちょいと御免下さいまし。」
 しかしその言葉が終らない内に、もうそこへはさっきの女中が、ばたばた上草履《うわぞうり》を鳴らせながら、泣き立てる赤児《あかご》を抱《だ》きそやして来
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