の赤を引きずりながら、ころころ廊下《ろうか》へ出ようとする、――と思うと誰か一人、ちょうどそこへ来かかったのが、静かにそれを拾い上げた。
「どうも有難《ありがと》うございました。」
女は籐椅子《とういす》を離れながら、恥しそうに会釈《えしゃく》をした。見れば球を拾ったのは、今し方女中と噂をした、痩《や》せぎすな隣室の夫人である。
「いいえ。」
毛糸の球は細い指から、脂《あぶら》よりも白い括《くく》り指へ移った。
「ここは暖かでございますね。」
敏子は出窓へ歩み出ると、眩《まぶ》しそうにやや眼を細めた。
「ええ、こうやって居りましても、居睡《いねむ》りが出るくらいでございますわ。」
二人の母は佇《たたず》んだまま、幸福そうに微笑し合った。
「まあ、御可愛いたあた[#「たあた」に傍点]ですこと。」
敏子の声はさりげなかった。が、女はその言葉に、思わずそっと眼を外《そ》らせた。
「二年ぶりに編針を持って見ましたの。――あんまり暇なもんですから。」
「私なぞはいくら暇でも、怠《なま》けてばかり居りますわ。」
女は籐椅子《とういす》へ編物を捨てると、仕方がなさそうに微笑した。敏子の言
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