英作文を教えに来ていた。一人はタウンゼンドと云う英吉利《イギリス》人、もう一人はスタアレットと云う亜米利加《アメリカ》人だった。
タウンゼンド氏は頭の禿《は》げた、日本語の旨い好々爺《こうこうや》だった。由来西洋人の教師《きょうし》と云うものはいかなる俗物にも関《かかわ》らずシェクスピイアとかゲエテとかを喋々《ちょうちょう》してやまないものである。しかし幸いにタウンゼンド氏は文芸の文の字もわかったとは云わない。いつかウワアズワアスの話が出たら、「詩と云うものは全然わからぬ。ウワアズワアスなどもどこが好《よ》いのだろう」と云った。
保吉《やすきち》はこのタウンゼンド氏と同じ避暑地《ひしょち》に住んでいたから、学校の往復にも同じ汽車に乗った。汽車はかれこれ三十分ばかりかかる。二人はその汽車の中にグラスゴオのパイプを啣《くわ》えながら、煙草《たばこ》の話だの学校の話だの幽霊《ゆうれい》の話だのを交換した。セオソフィストたるタウンゼンド氏はハムレットに興味を持たないにしても、ハムレットの親父《おやじ》の幽霊には興味を持っていたからである。しかし魔術とか錬金術《れんきんじゅつ》とか、occu
前へ
次へ
全22ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング