lt sciences の話になると、氏は必ずもの悲しそうに頭とパイプとを一しょに振りながら、「神秘の扉《とびら》は俗人の思うほど、開《ひら》き難いものではない。むしろその恐しい所以《ゆえん》は容易《ようい》に閉じ難いところにある。ああ云うものには手を触《ふ》れぬが好《よ》い」と云った。
もう一人のスタアレット氏はずっと若い洒落者《しゃれもの》だった。冬は暗緑色のオオヴァ・コートに赤い襟巻《えりまき》などを巻きつけて来た。この人はタウンゼンド氏に比べると、時々は新刊書も覗《のぞ》いて見るらしい。現に学校の英語会に「最近の亜米利加《アメリカ》の小説家」と云う大講演をやったこともある。もっともその講演によれば、最近の亜米利加の大小説家はロバアト・ルイズ・スティヴンソンかオオ・ヘンリイだと云うことだった!
スタアレット氏も同じ避暑地ではないが、やはり沿線のある町にいたから、汽車を共にすることは度たびあった。保吉は氏とどんな話をしたか、ほとんど記憶に残っていない。ただ一つ覚えているのは、待合室の煖炉《だんろ》の前に汽車を待っていた時のことである。保吉はその時|欠伸《あくび》まじりに、教師と
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