。乞食は勿論オレンジに飛びつき、主計官は勿論《もちろん》笑ったのである。
それから一週間ばかりたった後《のち》、保吉はまた月給日に主計部へ月給を貰いに行った。あの主計官は忙《いそが》しそうにあちらの帳簿《ちょうぼ》を開いたり、こちらの書類を拡《ひろ》げたりしていた。それが彼の顔を見ると、「俸給《ほうきゅう》ですね」と一言《ひとこと》云った。彼も「そうです」と一言答えた。が、主計官は用が多いのか、容易《ようい》に月給を渡さなかった。のみならずしまいには彼の前へ軍服の尻《しり》を向けたまま、いつまでも算盤《そろばん》を弾《はじ》いていた。
「主計官。」
保吉はしばらく待たされた後《のち》、懇願《こんがん》するようにこう云った。主計官は肩越しにこちらを向いた。その唇《くちびる》には明らかに「直《すぐ》です」と云う言葉が出かかっていた。しかし彼はそれよりも先に、ちゃんと仕上げをした言葉を継《つ》いだ。
「主計官。わんと云いましょうか? え、主計官。」
保吉の信ずるところによれば、そう云った時の彼の声は天使よりも優しいくらいだった。
西洋人
この学校へは西洋人が二人、会話や
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