ヨ這《は》い上った。が、勿論盗人の舟はその間《あいだ》にもう沖《おき》の闇へ姿を隠していたのである。
「大浦《おおうら》と云う守衛ですがね。莫迦莫迦《ばかばか》しい目に遇《あ》ったですよ。」
武官はパンを頬張《ほおば》ったなり、苦しそうに笑っていた。
大浦は保吉も知っていた。守衛は何人か交替《こうたい》に門側《もんがわ》の詰《つ》め所に控《ひか》えている。そうして武官と文官とを問わず、教官の出入《ではいり》を見る度に、挙手《きょしゅ》の礼をすることになっている。保吉は敬礼されるのも敬礼に答えるのも好まなかったから、敬礼する暇《ひま》を与えぬように、詰め所を通る時は特に足を早めることにした。が、この大浦と云う守衛だけは容易《ようい》に目つぶしを食わされない。第一詰め所に坐ったまま、門の内外《うちそと》五六間の距離へ絶えず目を注《そそ》いでいる。だから保吉の影が見えると、まだその前へ来ない内に、ちゃんともう敬礼の姿勢をしている。こうなれば宿命と思うほかはない。保吉はとうとう観念《かんねん》した。いや、観念したばかりではない。この頃は大浦を見つけるが早いか、響尾蛇《がらがらへび》に狙《ね
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