ゥすくらいは何とも思わぬはずの彼がその時だけはまっ赤になったのである。生徒は勿論《もちろん》何も知らずにまじまじ彼の顔を眺めていた。彼はもう一度時計を見た。それから、――教科書を取り上げるが早いか、無茶苦茶に先を読み始めた。
教科書の中の航海はその後《ご》も退屈なものだったかも知れない。しかし彼の教えぶりは、――保吉は未《いまだ》に確信している。タイフウンと闘《たたか》う帆船よりも、もっと壮烈を極めたものだった。
勇ましい守衛
秋の末か冬の初か、その辺《へん》の記憶ははっきりしない。とにかく学校へ通《かよ》うのにオオヴァ・コオトをひっかける時分だった。午飯《ひるめし》のテエブルについた時、ある若い武官教官が隣に坐っている保吉《やすきち》にこう云う最近の椿事《ちんじ》を話した。――つい二三日前の深更《しんこう》、鉄盗人《てつぬすびと》が二三人学校の裏手へ舟を着けた。それを発見した夜警中の守衛《しゅえい》は単身彼等を逮捕《たいほ》しようとした。ところが烈《はげ》しい格闘《かくとう》の末、あべこべに海へ抛《ほう》りこまれた。守衛は濡《ぬ》れ鼠《ねずみ》になりながら、やっと岸
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