轣tわれた兎《うさぎ》のように、こちらから帽《ぼう》さえとっていたのである。
それが今聞けば盗人《ぬすびと》のために、海へ投げこまれたと云うのである。保吉はちょいと同情しながら、やはり笑わずにはいられなかった。
すると五六日たってから、保吉は停車場《ていしゃば》の待合室に偶然大浦を発見した。大浦は彼の顔を見ると、そう云う場所にも関《かかわ》らず、ぴたりと姿勢を正した上、不相変《あいかわらず》厳格に挙手の礼をした。保吉ははっきり彼の後《うし》ろに詰め所の入口が見えるような気がした。
「君はこの間――」
しばらく沈黙が続いた後《のち》、保吉はこう話しかけた。
「ええ、泥坊《どろぼう》を掴《つか》まえ損じまして、――」
「ひどい目に遇《あ》ったですね。」
「幸い怪我《けが》はせずにすみましたが、――」
大浦は苦笑《くしょう》を浮べたまま、自《みずか》ら嘲《あざけ》るように話し続けた。
「何、無理《むり》にも掴《つか》まえようと思えば、一人《ひとり》ぐらいは掴まえられたのです。しかし掴まえて見たところが、それっきりの話ですし、――」
「それっきりと云うのは?」
「賞与も何も貰《もら》え
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