ほど、飛んでいるのがある。しかし何と云う醜《みにく》さだろう! 美意識《びいしき》さえ人間にはないと見える。
保吉は額《ひたい》に手をかざしながら、頭の上へ来た飛行機を仰《あお》いだ。
そこに同僚に化《ば》けた悪魔が一人、何か愉快そうに歩いて来た。昔は錬金術《れんきんじゅつ》を教えた悪魔も今は生徒に応用化学《おうようかがく》を教えている。それがにやにや笑いながら、こう保吉に話しかけた。
「おい、今夜つき合わんか?」
保吉は悪魔の微笑の中にありありとファウストの二行《にぎょう》を感じた。――「一切の理論は灰色だが、緑なのは黄金《こがね》なす生活の樹《き》だ!」
彼は悪魔に別れた後《のち》、校舎の中へ靴《くつ》を移した。教室は皆がらんとしている。通りすがりに覗《のぞ》いて見たら、ただある教室の黒板の上に幾何《きか》の図《ず》が一つ描《か》き忘れてあった。幾何の図は彼が覗いたのを知ると、消されると思ったのに違いない。たちまち伸《の》びたり縮《ちぢ》んだりしながら、
「次の時間に入用《いりよう》なのです。」と云った。
保吉はもと降りた階段を登り、語学と数学との教官室へはいった。教官室
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