面する運動場へ出た。土の赤いテニス・コオトには武官教官が何人か、熱心に勝負を争っている。コオトの上の空間は絶えず何かを破裂させる。同時にネットの右や左へ薄白《うすじろ》い直線を迸《ほとばし》らせる。あれは球《たま》の飛ぶのではない。目に見えぬ三鞭酒《シャンパン》を抜いているのである。そのまた三鞭酒《シャンパン》をワイシャツの神々が旨そうに飲んでいるのである。保吉は神々を讃美しながら、今度は校舎の裏庭へまわった。
裏庭には薔薇《ばら》が沢山ある。もっとも花はまだ一輪もない。彼はそこを歩きながら、径《みち》へさし出た薔薇の枝に毛虫《けむし》を一匹発見した。と思うとまた一匹、隣の葉の上にも這《は》っているのがあった。毛虫は互に頷《うなず》き頷き、彼のことか何か話しているらしい。保吉はそっと立ち聞きすることにした。
第一の毛虫 この教官はいつ蝶《ちょう》になるのだろう? 我々の曾々々祖父《そそそそふ》の代から、地面の上ばかり這《は》いまわっている。
第二の毛虫 人間は蝶にならないのかも知れない。
第一の毛虫 いや、なることはなるらしい。あすこにも現在飛んでいるから。
第二の毛虫 なる
前へ
次へ
全22ページ中13ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング