見した。あれはポオル・ゴオギャンである。あるいはゴオギャンの転生《てんしょう》である。今にきっとシャヴルの代りに画筆《がひつ》を握るのに相違ない。そのまた挙句《あげく》に気違いの友だちに後《うし》ろからピストルを射かけられるのである。可哀《かわい》そうだが、どうも仕方がない。
 保吉はとうとう小径伝いに玄関《げんかん》の前の広場へ出た。そこには戦利品の大砲が二門、松や笹の中に並んでいる。ちょいと砲身に耳を当てて見たら、何だか息の通る音がした。大砲も欠伸《あくび》をするかも知れない。彼は大砲の下に腰を下した。それから二本目の巻煙草へ火をつけた。もう車廻しの砂利《じゃり》の上には蜥蜴《とかげ》が一匹光っている。人間は足を切られたが最後、再び足は製造出来ない。しかし蜥蜴は尻《し》っ尾《ぽ》を切られると、直《すぐ》にまた尻っ尾を製造する。保吉は煙草を啣《くわ》えたまま、蜥蝪はきっとラマルクよりもラマルキアンに違いないと思った。が、しばらく眺めていると、蜥蜴はいつか砂利に垂れた一すじの重油に変ってしまった。
 保吉はやっと立ち上った。ペンキ塗りの校舎に沿いながら、もう一度庭を向うへ抜けると、海に
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