あ私の片恋って云うようなもの」なんだからね。精々そのつもりで、聞いてくれ給え。
お徳の惚れた男と云うのは、役者でね。あいつがまだ浅草|田原町《たわらまち》の親の家にいた時分に、公園で見初《みそ》めたんだそうだ。こう云うと、君は宮戸座《みやとざ》か常盤座《ときわざ》の馬の足だと思うだろう。ところがそうじゃない。そもそも、日本人だと思うのが間違いなんだ。毛唐《けとう》の役者でね。何でも半道《はんどう》だと云うんだから、笑わせる。
その癖、お徳はその男の名前も知らなければ、居所《いどころ》も知らない。それ所か、国籍さえわからないんだ。女房持か、独り者か――そんな事は勿論、尋《き》くだけ、野暮《やぼ》さ。可笑しいだろう。いくら片恋だって、あんまり莫迦《ばか》げている。僕たちが若竹へ通った時分だって、よしんば語り物は知らなかろうが、先方は日本人で、芸名|昇菊《しょうぎく》くらいな事は心得ていたもんだ。――そう云って、僕がからかったら、お徳の奴、むきになって、「そりゃ私だって、知りたかったんです。だけど、わからないんだから、仕方がないじゃありませんか。何《なん》しろ幕の上で遇うだけなんですもの
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