って、私の方でも惚れなければならないと云う義務はござんすまい。」さ。
 それから、まだあるんだ。「それがそうでなかったら、私だって、とうの昔にもっと好い月日があったんです。」
 それが、所謂片恋の悲しみなんだそうだ。そうしてその揚句に例《エキザンプル》でも挙げる気だったんだろう。お徳のやつめ、妙なのろけを始めたんだ。君に聞いて貰おうと思うのはそののろけ話さ。どうせのろけだから、面白い事はない。
 あれは不思議だね。夢の話と色恋の話くらい、聞いていてつまらないものはない。
(そこで自分は、「それは当人以外に、面白さが通じないからだよ。」と云った。「じゃ小説に書くのにも、夢と色恋とはむずかしい訳だね。」「少くとも夢なんぞは感覚的なだけに、なおそうらしいね。小説の中に出て来る夢で、ほんとうの夢らしいのはほとんど一つもないくらいだ。」「だが、恋愛小説の傑作は沢山あるじゃないか。」「それだけまた、後世《こうせい》にのこらなかった愚作の数も、思いやられると云うものさ。」)
 そう話がわかっていれば、大に心づよい。どうせこれもその愚作中の愚作だよ。何《なん》しろお徳の口吻《こうふん》を真似ると、「ま
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