の多過ぎるのに茫然たらざるを得ないのである。たとへば天満の紙屋治兵衛《かみやぢへゑ》に、何故に彼は曾根崎の白人小春を愛したかと尋ねて見るが好い。治兵衛は忽《たちま》ち算盤《そろばん》を片手に、髪が好いとか眼が好いとか或は又手足の優しいのが好いとか、いろいろの特色を並べ立てるであらう。僕の茂吉に於けるのもやはりこの例と同じことである。茂吉の特色を説明し出せば、それだけでも数頁に及ぶかも知れない。茂吉は「おひろ」の連作に善男子の恋愛を歌つてゐる。「死にたまふ母」の連作に娑婆界《しやばかい》の生滅《しやうめつ》を語つてゐる。「口ぶえ」の連作に何ものをも避けぬ取材の大胆を誇つてゐる。「乾草」の連作に未だ嘗なかつた感覚の雋鋭《せんえい》を弄んでゐる。「この里に大山大将住むゆゑにわれの心のうれしかりけり」におほどかなる可笑しみを伝へてゐる。「くろぐろと円《つぶ》らに熟るる豆柿に小鳥はゆきぬつゆじもはふり」に素朴なる画趣を想はせてゐる。「かうかう」「しんしん」の Onomatope に新しい息吹きを吹きこんでゐる。「父母所生《ふもしよじやう》」「海此岸《かいしがん》」の仏語に生なましい紅血を通はせて
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