ゐる。……
 かう云ふ特色は多少にもせよ、一一「何故に?」に答へるものである。が、その全部を数へ尽したにしろ、完全には「何故に?」に答へられぬものである。成程小春の眼や髪はそれぞれ特色を具へてゐるであらう。しかし治兵衛の愛するのは小春と云ふ一人の女人である。眼や髪の特色を具へてゐるのも実は小春と云ふ一人の女人を現してゐるからに外ならぬ。すると小春なるものを掴まへない以上、完全に「何故に?」と答へることは到底出来る筈のものではない。その又小春なるものを掴まへることは、――治兵衛自身も掴まへたかどうかは勿論千古の疑問である。少くとも格別掴まへた結果を文章に作りなどはしなかつたらしい。けれども僕は僕の好んだ茂吉なるものを掴まへた上、一篇の文章を作らなければならぬ。たとひはつきり掴まへることは人間業には及ばないにもしろ、兎に角義理にも一応は眼鼻だけを明らかにした上、寄稿の約束を果さなければならぬ。この故に僕はもう一度あり余る茂吉の特色の中へ、「何故に?」と同じ問を投げつけるのである。
「光は東方より来たる」さうである。しかし近代の日本には生憎この言葉は通用しない。少くとも芸術に関する限りは屡《
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