と破牢にとりかかつたり、妙に夢知らせを信用したり、大事の讐打《かたきう》ちを控へてゐる癖に、狒退治《ひひたいぢ》や大蛇退治《おろちたいぢ》に力瘤を入れたり、いつも無分別の真似ばかりしてゐる。その点は菊池寛の為に翻弄されるのもやむを得ない。けれども岩見重太郎は如何なる悪徳をも償ふ位、大いなる美徳を持ち合せてゐる。いや、必しも美徳ではない。寧ろ善悪の彼岸に立つた唯一無二の特色である。岩見重太郎は人間以上に強い。(勿論重太郎の同類たる一群の豪傑は例外である。)重太郎の憤怒《ふんぬ》を発するや、太い牢格子も苧殻《をがら》のやうに忽ち二つにへし折れてしまふ。狒や大蛇も一撃のもとにあへない最期を遂げる外はない。千曳《ちびき》の大岩を転がすなどは朝飯前の仕事である。由良が浜の沖の海賊は千人ばかり一時に俘《とりこ》になつた。天の橋立の讐打ちの時には二千五百人の大軍を斬り崩してゐる。兎に角重太郎の強いことは天下無敵と云はなければならぬ。かう云ふ強勇はそれ自身我々末世の衆生の心に大歓喜を与へる特色である。
 小心なる精神的宦官は何とでも非難を加へるが好い。天つ神の鋒《ほこ》から滴る潮の大和島根《やまとしま
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