でゐる。桃太郎もやはり長命であらう。もし長命であるとすれば、暮色蒼茫たる鬼が島の渚に寂しい鬼の五六匹、隠れ蓑や隠れ笠のあつた祖国の昔を嘆ずるものも、――しかし僕は日本政府の植民政策を論ずる前に岩見重太郎を論じなければならぬ。
 前に述べた所を繰り返せば、岩見重太郎は古人はもとより、今人よりも生命に富んだ、軽蔑すべからざる人間である。成程豊臣秀吉は岩見重太郎に比べても、少しも遜色《そんしよく》はないかも知れない。けれどもそれは明らかに絵本太閤記の主人公たる伝説的人物の力である。さもなければ同じ歴史の舞台に大芝居を打つた徳川家康もやはり豊臣秀吉のやうに光彩を放つてゐなければならぬ。且又今人も無邪気なる英雄崇拝の的になるものは大抵彼等の頭の上に架空の円光を頂いてゐる。広い世の中には古往今来、かう云ふ円光の製造業者も少からぬことは云ふを待たない。たとへばロマン・ロオラン伝を書いた、善良なるステフアン・ツワイグは正に彼等を代表するものである。
 僕の岩見重太郎に軽蔑を感ずるのは事実である。重太郎も国粋会の壮士のやうに思索などは余りしなかつたらしい。たとへば可憐なる妹お辻の牢内に命を落した後、やつ
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