も体重の軽い子爵は当然甲の要求に十分の満足を与へることは出来ぬ。もし又乙は麒麟《きりん》の身長を理想的の身長としてゐるならば、麒麟よりも身長の短かい子爵はやはり乙の不賛成を覚悟しなければならぬ筈である。けれども岩見重太郎は、――岩見重太郎もをのづから武者修業の出立をした豪傑と云ふ制限を受けてゐないことはない。が、この制限はゴム紐のやうに伸びたり縮んだりするものである。甲乙二人の見る重太郎は必しも同一と云ふ訳には行かぬ。それだけに頗る不正確である。同時に又頗る自由である。象の体重を※[#「りっしんべん+淌のつくり」、第3水準1−84−54]※[#「りっしんべん+兄」、第3水準1−84−45]する甲は必ず重太郎の体重の象につり合ふことを承認するであらう。麒麟の身長を謳歌する乙もやはり重太郎の身長の麒麟にひとしいことを発見する筈である。これは肉体上の制限ばかりではない。精神上の制限でも同じことがある。たとへば勇気と云ふ美徳にしても、後藤子爵は我々と共にどの位勇士になり得るかを一生の問題としなければならぬ。しかし天下の勇士なるものはどの位重太郎になり得るかを一生の問題にしてゐるのである。この故
前へ
次へ
全43ページ中16ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング