浴びないにしろ、自活だけは必要になって来るでしょう。ところがあたしたちの受けているのは自活に縁《えん》のない教育じゃないの? あたしたちの習った外国語じゃ家庭教師も勤《つと》まらないし、あたしたちの習った編物《あみもの》じゃ下宿代も満足に払われはしないわ。するとやっぱり軽蔑《けいべつ》する男と結婚するほかはないことになるわね。あたしはこれはありふれたようでも、ずいぶん大きい悲劇だと思うの。(実際またありふれているとすれば、それだけになおさら恐ろしいじゃないの?)名前は結婚って云うけれども、ほんとうは売笑婦《ばいしょうふ》に身を売るのと少しも変ってはいないと思うの。
「けれどもあなたはあたしと違って、立派に自活して行《ゆ》かれるんでしょう。そのくらい羨《うらや》ましいことはありはしないわ。いいえ、実はあなたどころじゃないのよ。きのう母と買いものに行ったら、あたしよりも若い女が一人《ひとり》、邦文タイプライタアを叩《たた》いていたの。あの人さえあたしに比《くら》べれば、どのくらい仕合せだろうと思ったりしたわ。そうそう、あなたは何よりもセンティメンタリズムが嫌いだったわね。じゃもう詠歎《えい
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