それも表向きには云われないものだから、内々《ないない》あたしへ当って見るんでしょう。そのまた言い草が好《い》いじゃないの?『お前さんにでも来て貰えりゃ、あいつの極道《ごくどう》もやみそうだから』ですって。親ってみんなそう云うものか知ら? それにしてもずいぶん利己主義者だわね。つまり叔父の考えにすりゃ、あたしは主婦と云うよりも、従兄の遊蕩をやめさせる道具に使われるだけなんですもの。ほんとうに惘《あき》れ返ってものも云われないわ。
「こう云う結婚難の起るにつけても、しみじみあたしの考えることは日本の小説家の無力さ加減だわね。教育を受けた、向上した、そのために教養の乏しい男を夫に選ぶことは困難になった、――こう云う結婚難に遇《あ》っているのはきっとあたし一人ぎりじゃないわ。日本中どこにもいるはずだわ。けれども日本の小説家は誰もこう云う結婚難に悩んでいる女性を書かないじゃないの? ましてこう云う結婚難を解決する道を教えないじゃないの? そりゃ結婚したくなければ、しないのに越したことはない訣《わけ》だわね。それでも結婚しないとすれば、たといこの市《まち》にいるように莫迦莫迦《ばかばか》しい非難は
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