げこ》に生まれたんなら、禁酒会へはいるのも可笑《おか》しいじゃないの? それでも御当人は大真面目《おおまじめ》に禁酒|演説《えんぜつ》なんぞをやっているんですって。
「もっとも候補者は一人残らず低能児《ていのうじ》ばかりって訣《わけ》でもないのよ。両親の一番気に入っている電燈会社の技師なんぞはとにかく教育のある青年らしいの。顔もちょっと見た所はクライスラアに似ているわね。この山本って人は感心に社会問題の研究をしているんですって。けれど芸術だの哲学だのには全然興味のない人なのよ。おまけに道楽《どうらく》は大弓《だいきゅう》と浪花節《なにわぶし》とだって云うんじゃないの? それでもさすがに浪花節だけは好《い》い趣味じゃないと思っていたんでしょう。あたしの前じゃ浪花節のなの字も云わずにすましていたの。ところがいつかあたしの蓄音機《ちくおんき》へガリ・クルチやカルソウをかけて聞かせたら、うっかり『虎丸《とらまる》はないんですか?』ってお里を露《あら》わしてしまったのよ。まだもっと可笑《おか》しいのはあたしの家《うち》の二階へ上《あが》ると、最勝寺《さいしょうじ》の塔が見えるんでしょう。そのまた
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